日本学術振興会:科学研究費助成事業 基盤研究(C)
研究期間 : 2020年04月 -2024年03月
代表者 : 位田 絵美
本研究は、為政者主導ではなく、長崎の民衆が自発的に執筆・編纂したと考えられる未刊の写本群「長崎旧記類」を用い、当時の長崎から見た異文化認識を明らかにし、異文化交流の史実がどう物語化していくのかを解明することを目的としている。「長崎旧記類」は為政者側の手によるものではなく、民撰書としての貴重な記録を有する。ただ系統立てて成立したものでない分、複雑多岐な内容を有し、多くが未刊のため、従来は研究対象と捉えられなかった。本研究ではその分析を通じ、長崎民衆の異文化認識を発掘して提供する。令和4年度の研究成果は『近世初期文芸』第38号に掲載された。以下、1~4に今年度の研究内容とその成果を示す。
1、「長崎旧記類」の収集、翻刻・整理を引き続き行い、系統分類を行った。成立年等の確定した史料を精読した。
2、『長崎拾芥』『崎陽雑記』『長崎始原』『長崎根元記』の目録を比較し、4書がどのような性質の資料であるか検討した。『長崎始原』収録の記事は、他の3種と同様の情報を元に編纂されたはずだが、日付を記載した部分の多くが省略されており、元となった記事よりも20年近く後に、長崎ではない場所で編纂された可能性が高いことが判明した。
3、『長崎始原』は、長崎民衆の手による長崎情報を元に、一定の基準をつけて江戸で編纂された「長崎旧記類」であると考えられる。その理由は以下の3点である。①『長崎始原』の記事は、時系列ではなく内容によって上・中・下巻が分類されている。②『長崎始原』には、編者の興味関心によって、元情報を削除した形跡がある。③『長崎始原』には、江戸の幕閣に近い人物ではないと知りえない情報が収録されている。
4、これらのことから、『長崎始原』には、異文化交流の史実が物語化してゆく過程を示す情報が含まれていることが明らかになった。今後は、実録体小説の基盤となるそれらの記事をより深く分析して行きたい。