日本学術振興会:科学研究費助成事業
研究期間 : 2001年 -2003年
代表者 : 大越 愛子; 白水 士郎; 岡野 治子; 井桁 碧
私たちの研究の第一の目的は、近代日本の共同体思想を本質主義的に捉えるのではなく、それを構成している諸要因から構造論的に分析することにあった。これらの諸要因のなかで、私たちは宗教、習俗一般、優生思想、ジェンダー思想に焦点を絞った。
さらにその分析において、異なった共同体の歴史・慣習・規範意識と比較対照することも,相対化の視座を得るために必須の課題であった。研究期間中に私たちは国境を超えて、特にアジアの学者、研究者たちとのコンタクトに努力した。幸いなことに、韓国からは金成禮・西江大学教授等の研究者たちが私たちのプロジェクトに協力し、ジェンダー観点から共同体一般に内在する暴力の問題を提起してくれた。またアメリカからは、チョー=カー=キョング・ニューヨーク州立大学教授をお招きして、トランスナショナルな視点から日本の代表的な哲学者・倫理学者、和辻哲郎について講演と討論の機会を持って頂いた。彼らとの討論・交流から我々は、ポストコロニアルの視点からの共同体論、というものの可能性を示唆された。
日本の優秀な研究者たちからも、私たちの研究計画に対する協力・貢献が得られたのは幸運なことであった。川村邦光・大阪大学教授からは目本の伝統的な弔いの様式について、田中雅一・京大人文研教授からはインド祉会に現存する宗教儀礼とジェンダーの問題についてレクチャーを受けた。そこからは、近現代においても共同体の維持に宗教的儀礼が果たしている大きな役割が、再認識された。
沖縄で開催した公開研究会は、「日本」的共同体の成立と現状を相対化する上で、極めて大きな意義を持つ機会となった。研究発表と討論を依頼した大学研究者からだけではなく、特に現地の女性グループとの討論を通して、私たちは沖縄と「日本」の共同体をジェンダーの観点から比較対照する当初の意図を越えて、世界の様々なマイノリティの視点からの複合文化論的アプローチの必要性を痛感することとなった。
以上のような収穫と新たな問題意識を携えて、大越と井桁は最後年度に、トルコで開催された世界哲学会議の部会・フォーラムに参加し、特にイスラム諸国の学者たちと活発に討論を交わした。イスラム的な共同体思想との新たな対峙から、私たちは日本的共同体の西洋化=近代化、そしてポストモダン段階への「成熟」の、おそらく性急すぎる移行とそこに潜む問題点について、認識を新たにさせられた。
3年間の耕究を通して、近代日本の共同体思想をジェンダー視点および世界的視野の下で解明する取り組みから、特にアジアにおけるジェンダー化された「日本的主体」の形成の問題、がより具体的に把握されてきたのが、大きな成果であった。この成果を引き継ぎ、なおアジアという文脈でこの問題を追究し続けることが、研究代表者と各研究分担者に課せられている。