日本学術振興会:科学研究費助成事業 国際学術研究
研究期間 : 1993年 -1994年
代表者 : 早野 龍五; R Seki; G Mason; M Salomon; S Yen; A Olin; L Lee; 米沢 康滋; 応田 治彦; 岩崎 雅彦; SEKI R.; MASON G.; BEER G.; SALOMON M.; YEN S.; OLIN A.; LEE L.; GILL D.R.
本研究は,核力の中でも最も基本的な相互作用の一部であるKN相互作用の低エネルギー極限での振舞を精度良く決定することを目的として行われた。
この相互作用を測定するのには幾つかの方法が存在するが,Kと水素原子核で構成された奇妙な原子(エキゾチック原子)を生成し,X線分光によってそのエネルギー準位を精度良く決定するのが最も精密な方法である。この事実は古くから知られており,実際,1979年から83年にかけて欧州で精力的に実験が行われた。しかしその結果は極めて不十分なもので,X線遷移が観測されたとは言いがたい結果に終わっている。これら過去の実験が不成功に終わった原因と,その後現在に至るまでもこの実験が行われなかった理由は,この実験の困難さにある。本実験では,以下の3点に関する新規な着想と開発により,これらの困難の克服をめざした。すなわち,1)円筒型飛跡測定器で水素標的を囲み,Kp反応の終状態を選択することによって,バックグラウンドの低減をはかること,2)円筒型飛跡測定器で反応点を精度良く決定し,水素以外の物質中での反応を除去すること,および3)多数のX線検出器を水素標的中に直接設置する事によって,立体角を大幅に稼ぎ,かつX線収量の水素密度依存性を最適化すること,の3点である。
本実験を遂行するに当たっては解決しなければならない技術的難問が極めて多い。特にX線検出器を直接水素雰囲気中に設置するといった野心的開発等を多く含むため,単一大学の研究室のみで遂行するのには人材的にも時間的にも困難である。そこで,この実験は,国際学術研究の共同研究により,広く世界からの人材参加および実験機器の提供を得て推進してきた。共同研究の相手チームは,主にカナダのTRIUMF研究所を中心とする(TRIUMF,ヴィクトリア大,マニトバ大,カルフォルニア州立大)実験グループである。
以下に,本研究の初年度及び最終年度の具体的内容,及びその執行方法についてまとめる。実験装置開発の分担は以下の通りである。日本側が本実験の心臓部である水素標的及びそれに組み込まれるX線検出器の動作と読み出し,実験装置全体の設計,架台の制作,および組立を担当,カナダ側がKp反応の反応点を精度よく決定する為に必要不可欠な円筒型飛跡検出器(vertex chamber)の供給と試験,および反応から出てくる粒子の粒子識別に必要となる水チェレンコフ検出装置の開発,試験,制作を担当した。
初年度は,主に本実験のための開発的研究に専念した。カナダグループは主にvertex chamber,水チェレンコフの供給と試験を行い,完成した測定器は日本に運ばれ,本実験装置に組み込まれた。日本での組立及び試験を日加共同で行ったがその際に本研究は極めて有効であった。
最終年度では,その前半で装置の最終的調整を行い後半からは実際にデータ収集に入った。その両者とカナダグループの協力は不可欠であり,実際に長期日本に滞在し,本実験の遂行につとめた。
共同研究の2年間を経て,実験装置は順調に組み上がり,2年次の後半には本実験のデータ収集をスタートし,予備的な結果を得るところまで漕ぎ着けた。すなわち,現在までに得られたデータから既にエキゾチック原子KpのX線の検出に成功していることを示す結果(X線のピーク)が得られている。さらに,そのピークの解析から,Kpの強い相互作用の理論に厳しい制限が生じることも明らかにされつつある。しかしながら,実験の難しさは基本的には変わりなく,現在までに得られたデータでは統計的精度も不十分であるので,今後も更に高統計を目指してデータ収集を継続することになった。そのため,現在までに発表した論文数は限られている。しかし,実験は順調に進んでおり,1年以内には成果を公表できる見通しである。