KINDAI UNIVERSITY


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鈴木 拓也スズキ タクヤ

プロフィール

所属部署名文芸学部 文化・歴史学科 / 総合文化研究科
職名教授
学位博士(文学)
専門日本古代史
ジャンル文化/歴史・世界史
コメンテータガイドhttp://www.kindai.ac.jp/meikan/65-suzuki-takuya.html
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Last Updated :2017/11/21

コミュニケーション情報 byコメンテータガイド

コメント

    奈良時代~平安初期の政治と人物(桓武天皇・坂上田村麻呂など)、古代の城と軍事制度、征夷および征夷大将軍、蝦夷・隼人などを研究しています。

報道関連出演・掲載一覧

    <報道関連出演・掲載一覧>
    ●2017/1/17
     読売新聞
     田村麻呂伝記について
    ●2016/8/2
     産経新聞
     蝦夷について
    ●2016/5/26
     NHK-BSプレミアム
     英雄たちの選択「衝突!その時 男は何を見た 征夷大将軍・坂上田村麻呂」

学歴・経歴

学歴

  •  - 1996年, 東北大学, 文学研究科, 日本史
  •  - 1988年, 東北大学, 文学部, 日本史

研究活動情報

研究分野

  • 史学, 日本史

研究キーワード

  • 日本古代史

論文

  • 徳丹城の先行官衙に関する憶説, 鈴木 拓也, 『国史談話会雑誌』, 第56号, 150, 165,   2015年12月
  • 律令国家と夷狄, 鈴木 拓也, 『岩波講座 日本歴史 第5巻 古代5』, 317, 350,   2015年06月
  • 将軍・遣唐使と節刀, 鈴木 拓也, 続日本紀研究会編『続日本紀と古代社会』, 175, 198,   2014年12月
  • 征夷と軍制, 鈴木 拓也, 『講座東北の歴史 第1巻 争いと人の移動』, 31, 55,   2012年12月
  • 古代東北の城柵と出土文字資料, 鈴木 拓也, 木簡研究, 33, 279, 294,   2011年11月, 査読有り
  • 文献史料からみた古代山城, 鈴木 拓也, 条里制・古代都市研究, 26, 13, 28,   2011年03月, 査読有り
  • 軍制史からみた古代山城, 古代學協會, 古代文化, 61-4, 91-100,   2010年
  • 徳政相論と桓武天皇, 国史談話会雑誌, 50, 69-84,   2010年
  • 古代における将軍の展開と変質―天慶の征東大将軍藤原忠文をめぐって―, 大阪歴史学会, ヒストリア, 218, 47-75,   2009年
  • 天平九年以後における版図拡大の中断とその背景, 今泉隆雄先生還暦記念論集刊行会, 杜都古代史論叢, 27, 45,   2008年
  • 律令国家転換期の王権と隼人政策, 山中章, 国立歴史民俗博物館研究報告, 134, 229, 247,   2007年
  • 蝦夷の入京越訴―移配蝦夷と陸奥蝦夷にみる闘争の一形態―, 熊田亮介・八木光則, 九世紀の蝦夷社会, 49, 82,   2007年
  • 国境の城と碑, 平川南ほか, 文字と古代日本2 文字による交流, 353, 372,   2005年03月
    概要:多賀城跡に立つ多賀城碑には、762年にこの石碑を建てた藤原恵美朝猟の思いが込められている。朝猟は、権力者となった父仲麻呂の意向を承けて辺境政策に力量を発揮し、桃生城・雄勝城の建設や、多賀城・秋田城の修造を成し遂げ、国家の支配領域を20数年ぶりに北へ拡大した。碑文には、彼の努力によって北に移動した「蝦夷国界」と、彼がこれから節度使として征討に向かう新羅と蝦夷を三千里の彼方で結ぶ「靺鞨国」が記されている。朝猟は石碑を建てることによって、自分が行った東北政策の成果と、自分が修造した多賀城政庁の壮麗さを誇示する意図があったと思われる。父の政権が傾き始め、自分は白村江の敗戦以来の新羅征討に行かなければならない状況の中で、自己の功績とその永続を、辺境の石碑に託したのであろう。しかし朝猟が修造した壮麗な多賀城は、わずか18年後の蝦夷の反乱で全焼した。幸か不幸か、朝猟はそれを知らない。朝猟が、反乱を起こし
  • 「征夷」の時代 蝦夷政策の変質, 鈴木 拓也, 秋田市史 第1巻 先史・古代通史編, 444, 492,   2004年03月
    概要:8世紀後半から9世紀初頭にかけて行われた征夷政策の展開と、9世紀以降における蝦夷政策の変質を、秋田に視点を置いて考察した。蝦夷の反乱と征夷は、主に陸奥国で行われたが、それは秋田を含めた出羽国に多大な影響を及ぼし、秋田城の一時的な停廃、雄勝城の北進すなわち払田柵の造営などが行われた。また征夷終結後の北方支配は、民衆の負担を軽減するため、軍備の軽量化を基本方針としたが、一方で秋田を中心に国司や王臣家による北方交易や開墾など活発な経済活動が展開した。
  • 秋田城の機能, 鈴木 拓也, 秋田市史 第1巻 先史・古代通史編, 374, 398,   2004年03月
    概要:秋田県秋田市に所在する古代秋田城の機能を、その構造・出土文字資料・出土遺物など考古学の情報と、文献史料の再検討によって明らかにした。秋田城は国府型の政庁と、外郭施設を持っているが、それは秋田城に国司が城司として駐在し、兵士によって守衛されていることに対応する。また秋田城は、周辺の移民系住民・蝦夷系住民を支配し、北方の蝦夷集団と支配関係を結び、さらに北回り航路で日本に来る渤海使の受け入れも行っていた。古代における北方交流の拠点として注目される。
  • 桓武朝の征夷と造都に関する試論, 近畿大学文芸学部論集 文学・芸術・文化, 13(2),   2002年
  • 陸奥・出羽の浮浪逃亡政策, 日本歴史, 584, 65, 81,   1997年
  • 払田柵と雄勝城に関する試論, 東北文化研究室紀要, 38, 21, 43,   1997年
  • 陸奥・出羽の調庸と蝦夷の饗給, 史学雑誌, 105, 6, 66, 88,   1996年
  • 古代陸奥国の官制, 日本文化研究所研究報告 別巻, 31, 43, 78,   1994年
  • 陸奥・出羽の公出挙制, 川内古代史論集, 6, 23, 34,   1992年
  • 古代出羽国の軍制, 国史談話会雑誌, 33, 1, 16,   1992年
  • 古代陸奥国の軍制, 歴史, 77, 19, 36,   1991年

書籍等出版物

  • アテルイと東北古代史, 熊谷公男(編者)、鈴木拓也, 共著, 第Ⅰ部 座談会 アテルイの歴史像, 高志書院,   2016年07月, 978-4-86215-161-2
    概要:第Ⅰ部 座談会 アテルイの歴史像 熊谷公男(編者)・伊藤博幸・八木光則・樋口知志・鈴木拓也
  • 東北の古代史4 三十八年戦争と蝦夷政策の転換, 鈴木 拓也, 編者, 吉川弘文館,   2016年06月, 9784642064903
    概要:序  「三十八年戦争とその後の東北」…鈴木拓也 第一章「光仁・桓武朝の征夷」…鈴木拓也 コラム「阿弖流為の処刑地」…鈴木拓也 第二章「征夷の終焉と蝦夷政策の転換」…鈴木拓也 コラム「坂上田村麻呂の墓」…鈴木拓也
  • 戦争の日本史3 蝦夷と東北戦争, 鈴木拓也, 単著, 吉川弘文館,   2008年12月, 978-4-642-06313-5
  • 古代東北の支配構造, 鈴木拓也, 単著, 吉川弘文館,   1998年03月, 4-642-02323-2

講演・口頭発表等

  • 律令国家と夷狄, 鈴木 拓也, 九州史学研究会大会,   2014年10月18日, 招待有り, 九州史学研究会
  • 節刀と将軍, 鈴木 拓也, 国史談話会大会,   2014年06月14日, 招待有り, 国史談話会
  • 古代東北の城柵と出土文字資料, 鈴木 拓也, 木簡学会多賀城特別研究集会,   2010年09月04日, 招待有り, 木簡学会
  • 文献史料からみた古代山城, 鈴木 拓也, 条里制・古代都市研究会大会,   2010年03月06日, 招待有り, 条里制・古代都市研究会
  • 文献史料からみた多賀城の創建, 鈴木 拓也, 第36回古代城柵官衙遺跡検討会,   2010年02月28日, 招待有り, 古代城柵官衙遺跡検討会
  • 古代における将軍の展開と変質, 鈴木 拓也, 大阪歴史学会大会,   2009年06月28日, 招待有り, 大阪歴史学会

MISC

  • 多賀城, 鈴木 拓也, 条里制・古代都市研究会編『古代の都市と条里』, 56, 67,   2015年04月, 招待有り
  • (多賀城跡)第60次調査SE2101B井戸跡出土の木簡・漆紙文書, 宮城県多賀城跡調査研究所年報, 1991, 19, 34,   1992年
  • (多賀城跡)第60次調査SE2101B井戸跡排水溝出土の具注暦断簡, 宮城県多賀城跡調査研究所年報, 1991, 35, 44,   1992年

競争的資金

  • その他の研究制度, 古代国家と辺境